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物語

野ばら姫

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ある国のおはなし。


はるかに遠くある小さな国に、詩歌を愛でる王子がおりました。

彼は小さい頃から部屋に閉じ籠りがちではありましたが、突然部屋から出てきたかと思うと、王家の人々に美しく端麗な詩歌を披露して高い評価を得ておりました。


王家の人々は王子が部屋に籠って何をしているのか全く知りません。

また、長いこと王子は部屋に鍵をかけておりましたから王子の健康と部屋の状態を心配しておりました。


不安に思った国王は何とか王子を部屋の外に連れ出そうと、王子のために国でも一番の美しい姫を城へ招待することにしました。

国王は姫に事情を話し、姫を王子の部屋の前に案内しました。

「姫よ、我が息子はこのとおり部屋から一歩も出てこない。しかし、そなたの美しさを知れば息子も気が変わるかもしれない。」

「王様、わかりました。」



姫はひとり、王子の部屋の前で佇んでおりました。

「王子様、私は王様に案内されてここにおります。どうか私と会っていただけませんか。」

姫がひとことを初めて声に出したとき、その声は透き通った絹のように艶やかに王子の部屋へ伝わりました。


………しかし、王子は全く返事をしません。


姫はそのひとこと限り何も言わずに佇んでおりましたが、夜に近づき部屋を後にしました。


次の日も姫は王子の部屋の前にゆき

「王子様、どうか私と会っていただけませんか。」

とひとことだけ王子に声をかけてずっと部屋の前で待っておりました。

何日も何日も、そうやって姫は王子が部屋から出てくるのを待っていました。





ある日のこと。
いつものように部屋の前で姫は
「王子様、どうか私と会っていただけませんか。」
と、伝えました。

すると部屋の中から何やら声が微かに聞こえることに姫は気付きました。


姫はそっと扉に耳を重ねて、微かな声を聞き取りました。

「深い森林のなかで、朝露の雫を帯びた一輪の花のような………君の声はまるで野薔薇の雫が花びらからするりとつたうように美しい……」

姫は驚きすぐに返事をしました。

「貴方さまのお言葉をお待ちしておりました。貴方さまとお話をしたいのでどうか私と会ってくださいませ。」
しかし王子の細やかな声はそれきり途絶えてしまいました。

夕暮れになり姫は諦めて部屋を後にしました。



次の日も姫は王子にお願いしました。
「王子様、貴方さまがおっしゃる森林の雫を帯びた野薔薇を摘んでお持ちしました。朝早くに摘みに城のそばの森林まで出掛け、薔薇の棘で手を怪我してしまいましたの。」

するとまた、王子のか細い声が部屋から聞こえてきました。

「きっと白乳石のような手をした君だろう………どうかつややかでしとやかな肌を労っておくれ。ありがとう。」

王子はそう述べると、また黙ってしまいました。


次の日、姫が王子の部屋に行き言いました。
「王子様、わたくしは用事のために何日か留守にいたします。」
そう伝えて出掛けてしまいました。

数日後、姫は城へ戻り王子に言いました。

「王子様、貴方さまがおっしゃる白乳石の水晶を探してまいりました。近隣の国まで行き、洞窟の中にある水晶をとってまいりました。とても美しい水晶なので見てください。」


王子は再び消え失せるような声で言いました。

「きっと貴方の足は、白馬のように逞しく、草原の大地を駆ける音が聞こえるようだよ。どうか貴方の足を労ってあげてください。ありがとう。」

そう言って再び沈黙してしまいました。


次の日、姫は王子に伝えました。
「王子様、貴方がおっしゃるような白馬を探してまいりました。美しい白い鬣の逞しい肢体をした白馬でございます。一緒に白馬に乗りませんか。」


すると王子は珍しくはっきりと通る声で言いました。

「勇敢な姫よ、貴方は命あるものをも私のために用意したというのか?」

姫は驚きました。
「はい。貴方さまのために白馬を用意してございます。」

王子は答えました。
「命あるものはこのような馬鹿げた我儘のために利用してはならぬ。姫よ、二度と私の前に現れないでおくれ。」

今までになく、扉をも壊してしまうような強い口調で王子は姫に言い放ちました。

「……いやです。私は一度でいいから貴方さまにお会いしたいです。貴方さまの詠む詩歌の美しさをみるかぎり、きっと貴方さまは立派なお方です。どうか私と会ってください。」

しかし王子は
「姫よ、貴方とは一度たりとも会うことはない。諦めておくれ…」

扉の向こうに消え失せるように王子は姫に言い、また沈黙してしまいました。


姫はそれからもずっとずっと何日も何日も部屋の前で佇んでおりましたが、あの日以来王子は一言も返事をすることが無くなってしまいました。






あれからどれくらいの日数が経ったことでしょう。
王子はいつものように部屋に籠り続けておりました。
今日も姫が扉の向こうに佇んでいると思うと気が重くてしかたありません。



ところが今日に限って、いつものような美しい声がありません。
王子は不思議に思いましたが、あまり深くは気にせず詩歌づくりに集中しておりました。

次の日も、姫の声どころか、扉の向こうに姫の気配さえも感じないことに気付きました。

王子は流石に不安に思いましたが、自分が言った言葉を利いて諦めたのだろうと思っておりました。
しかし、王子の心にはぬぐえない不安がよぎります。
部屋の中を無意味に行ったり来たり、同じ場所をぐるぐると歩きまわって落ち着きませんでした。

そのとき。
近くの教会で鐘がけたたましく鳴り、その音が王子の部屋の中まで響き渡りました。

教会の鐘はいつものようなミサの音とは違い、それは豪勢に、まるで何かを知らせるように、長いこと鳴らしておりました。


王子は何かあったのだろう、と訝しげに思っていたとき、部屋の扉の向こうから執事が言いました。


「王子様、姫さまが昨日朝早くに白馬を連れて乗馬に出掛けられ、落馬されてしまいました。直ぐに助けを呼びましたが、姫さまの命は残念ながらお救いすることができませんでした。」


王子様はこれまで経験したことのない、雷がまるで自分の頭から足の指先まで通るような衝撃と震えを感じました。

「それは真の話なのか!?」

王子は身なりも気にせずに部屋から飛び出し、轟音鳴り響かせながら馬車を走らせ教会に駆けつけました。

教会の祭壇には、美しい野薔薇に囲まれた棺が置かれていました。

王子は震える足を引きずりながら、祭壇の棺桶にねむる姫を初めて目にすることとなりました。

姫の様子は、たおやかな黄金色の髪としとやかな乳白色をした肌、瞼は水晶のような透明さを帯び、唇は野薔薇のような瑞々しい桃色をしておりました。

王子は震えが止まらない手で、姫の頬を包み込むと、そのまま声にならないような声でしばらく慟哭しておりました。
姫の深い愛情を感じて、悔やみに悔やみきれず、自分の愚かさを嘆きました。


そしてそれからの王子は今までのことを悔い改め、扉から外の世界へ出向くようになり、立派で精悍な王子となりました。

そして何より身を投じていた詩歌はいつも姫の愛を称える詩となり、世に広く末永く伝わり語られるものとなりました。